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2012年11月19日月曜日

坂本龍馬ゆかりの地 ?!

Hirokoです。

今日は、久しぶりに京都駅へ行ってみました。
(ただの暇人、ではありません。目的あってです )

紅葉の季節。 たくさんの観光客で賑わっていました。
人、人、人、です^^;。 

九州に住んでいる頃に、よく 「京都に旅行しようと思う」
という方が多く、「どこがいいかな~」と、よく聞かれました。
自慢ではありませんが、あまりよう知りません。

というより、行ってないとこの方が多いです。
わざわざ、人が多い場所へは行きませんし、
「いつでも行けるし~」と思っておりましたので。

いざ離れてみて初めて、自分が生まれ育った街である、
京都の良さが改めて分かった気がします。

現在は伏見の方にいますが、こちらの土地感は殆どなし。
つい2~3日前も、迷子になりました。゚(゚´Д`゚)゚。

暗かったのと雨の中、途中で帰る方向がわからなくなり、
「ここどこッ??」 中学生の男の子に助けを求め、連れて
行ってもらいました。

「ボクの家ここ。オバチャン気ィつけてな !」 「エエ~ッ?!」
(真っ暗な道を)まっすぐ行ったら帰れるから。と教えてくれた
のですが、マジこわかったです(T_T)


京都伏見は、坂本龍馬のゆかりの地でもあります。


伏見の市街地の1キロメートル四方を巡り、幕末の歴史を
訪ねる散策コースあります。

この地区は、JR奈良線、京阪本線・宇治線、近鉄京都線
などの、最寄り駅から近く、京都市街、大阪・奈良方面から
の、交通の便も良いです。


坂本龍馬が寺田屋で襲撃された際、かくまわれた
「薩摩藩島津伏見屋敷跡」を巡るコース。

龍馬が傷を負って避難した材木納屋、寺田屋の旧跡地、
川べりからの 酒蔵風景のながめ、鳥羽伏見の戦いの遺物を
展示する月桂冠大倉記念館、伏見奉行所跡など、幕末の
伏見を思い描きながら各所をご探訪ください。




 スタート 
  丹波橋駅(京阪本線、近鉄京都線)【伏見区桃山筒井伊賀西町】

 
 A 
  「薩摩島津伏見屋敷跡」石碑(松山酒造)【伏見区東堺町】

「坂本龍馬 寺田屋脱出後 避難の地」であり、
「天璋院篤姫 洛中洛外滞在時の宿泊地」だった場所。
現在、月桂冠の関連会社・松山酒造が操業しています。 
その後は、濠川と並行する街路を進み、聚楽橋、毛利橋を経て、
紀州藩伏見屋敷跡に建つ月桂冠昭和蔵(伏見区片原町)あたりを
過ぎれば、大手橋の西詰めへと 出ることができます。
  「坂本龍馬、避難の材木小屋跡」石碑【伏見区過書町】

大手橋の西詰・北側に石碑が建っています。坂本龍馬が避難した
材木納屋は、実際には大手橋の東詰より南側の「村上町」にあったと
伝 えられます。本散策コース上でもそのあたり(濠川東岸)を通過します。
阿波橋を過ぎ、濠川と宇治川派流の合流点にかかる、であい橋からは
東方面の京橋へと 進みます。であい橋から南へ進めば、伏見港公園、
三栖閘門と資料館(伏見区葭島金井戸町)に向かうことができます。

 C 
  「伏見口の戦い激戦地」石碑【伏見区表町】

京橋の北詰・東側に川岸から道路への階段があります。
ここから竹田街道へ上がってすぐの歩道脇に石碑が建っています。
京橋から北へ 2ブロック進むと、信号のある交差点北東の
「電気鉄道発祥の地」石碑や、油懸地蔵尊のある西岸寺
(いずれも伏見区下油掛町)を訪ねることができます。

 
 D 
  「伏見長州屋敷跡」石碑【伏見区表町】

Cの「伏見口の戦い激戦地」石碑から南へ、京橋を渡り、信号の
ある交差点まで下ると、道路をはさんで向かい(竹田街道の西側)の
伏見土木事務所前に石碑が建っています。 竹田街道東側の伏見みなと
公園入り口から、昔ながらの装いの今富橋(伏見区表町~西柳町)を経て、
蓬莱橋へ向かいます。蓬莱橋の南東側の子楽園(児童公 園、公衆トイレ)
で、小休止が可能です。蓬莱橋を越えて北へ進むと龍馬通り商店街、
南へ進むと中書島駅(京阪本線)に至ります。
 
 
 E 
旅籠・寺田屋と旧跡地【伏見区南浜町】

蓬莱橋を北側へ出て、東西を走る南浜通りを西へ進むとすぐに
「寺田屋」に到着します。寺田屋の旧跡地は、現在、史跡公園の趣となって
おり龍馬像も建っています。庭園西側の旅籠の建物は見学が可能です。


 F 
酒蔵風景・月桂冠内蔵酒造場【伏見区本材木町】

蓬莱橋の南詰・東側の階段から川岸へ下り、 宇治川派流沿いの
遊歩道を東へ、道なりに進むと、昔ながらの酒蔵風景(月桂冠内蔵酒造場)
を望むことができます。酒蔵は南側(右側)から、前蔵・中蔵・奥 蔵と
切妻屋根が連なっています。川沿いの道路に上がり、弁天橋を渡って
北(酒蔵方面)へ進めば、月桂冠大倉記念館に至ります。


 G 
月桂冠大倉記念館【伏見区本材木町】

お酒の資料館として、昔ながらの酒造りに用いられた用具類や
明治期のびん詰め酒、広告ポスターなどを展示。月桂冠の歴史、
日本酒産業の歩みを垣間見ることができます
(開館:9:30~16:30、電話:075-623-2056)。

月桂冠大倉記念館から、酒蔵に沿って北へ進めば、江戸期建造の
大倉家本宅(非公開、伏見区本材木町)へと至ります。酒蔵兼居宅
として、用いられた建物で、表 構えには特有の酒屋格子が見られます。
この本宅前には、遠見遮断(四辻の四当り)が残っており、
伏見奉行所防衛のため街路がL字型に配されています。


 H 
伏見夢百衆【伏見区南浜町】

大倉家本宅の北西に位置する、大正8(1919)年建造の月桂冠旧本社。
現在、観光案内・喫茶・お土産販売店を、地域の街づくり会社・伏見夢工房
が運営しています(月曜日休み、電話:075-623-1030)。
 

 I 
  「伏見土佐藩邸跡」石碑(月桂冠情報センター前)【伏見区南浜町】

伏見夢百衆から、北へ進むと月桂冠情報センターに至ります。
この一帯には、かつて伏見土佐藩邸がありました。近隣には、酒蔵や
町家を改装した飲食店が軒を連ねています。


 J 
  「会津藩駐屯地跡(伏見御堂)」石碑【伏見区大坂町】

東本願寺別院がある場所は、鳥羽伏見の戦いの際に会津藩が陣を
敷いていました。この石碑の前にも遠見遮断(四辻の四当り)が見られ、
伏見奉行所防衛のため街路がL字型に配されています。
 
 
 K 
伏見奉行所跡の石碑【伏見区奉行前町】

Jの「会津藩駐屯地跡(伏見御堂)」前の遠見遮断を東へ進み、
京阪線の踏切、近鉄線の高架を越え、すぐ南に折れ、しばらく進んだ
東側の団地入口に、伏見奉行所跡を示す石碑が建っています。
かつてこの一帯は石垣で囲ま れ、敷地の中に伏見奉行所の建物が
ありました。鳥羽伏見の戦いの際には、幕府軍の陣地となり、
新撰組もここに駐屯していました。

 
 L 
御香宮神社【伏見区御香宮門前町】

伏見奉行所跡から北側に戻り、さらに大手筋通りまで進んで東へ
折れてください。朱色の大鳥居をくぐるとすぐに御香宮神社に到着します。
鳥羽伏見の戦いの際には、新政府軍の薩摩藩が駐屯していました。


 ゴール 
桃山御陵前駅(近鉄奈良線)、伏見桃山駅(京阪本線)、
桃山駅(JR奈良線)

ここから西へ進み、京阪線の踏切を越えれば大手筋商店街に至ります。
一方、東へJR線の踏切を越えてさらに進めば、明治天皇陵、桓武天皇陵、
乃木神社などを訪ねることができます。


※散策に際してのご注意

◆川沿いの遊歩道、交通量の多い道路もあります。
通行にはご注意ください。

◆予約の必要な施設、非公開施設も含まれています。
各施設の状況に応じてご訪問ください。

◆多くの史跡は民家周辺にあるため、地域住民の生活の
支障とならないようご配慮をお願いします。

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